松山地方裁判所 平成5年(ワ)293号 判決 1996年12月20日
主文
一 被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、金九九万四五三二円及びこれに対する平成三年一〇月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は本訴・反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。
四 この判決は一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の請求
一 本訴請求
主文一項と同旨
二 反訴請求
原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)は、被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)に対し、金一五万九八五四円及びこれに対する平成三年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、国立愛媛大学に教授として勤務する被告が、同大学の教養部長の承認を得ることなく本件海外旅行に出かけたことから、原告が被告に対し、右旅行期間中は欠勤に当たるとして、右期間中に支払われた給与等のうち、既に後の給与から相殺徴収した給与等を除く残額を、不当利得として返還請求した(本訴)のに対し、被告が、右旅行の研修としての不承認が違法なものであること等を理由に、右旅行は承認を得た研修旅行と同様の勤務に当たるか、少なくとも欠勤とは評価されないと主張して、本訴請求を争うとともに、原告主張の不当利得返還請求権と一部相殺された前記給与等について、右相殺が給与全額払の原則にも違反して無効であるとして、その支払を求めた(反訴)事件である。
一 争いのない事実
1 被告についての給与関係規定等の適用について
(一) 被告は、国立愛媛大学に勤務する文部教官であり、教養部ドイツ語学科に所属するドイツ語教授であって、教育公務員特例法(以下「教特法」という。)二条二項が規定する「教員」に当たり、その給与の支払については、一般職の職員の給与に関する法律(以下「給与法」という。)が適用される。
(二) 教特法二〇条二項は、「教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。」旨定めており、愛媛大学においては、教員の研修の承認権者は学長であるが、同大学の内部規定により、その承認の是非の決裁は、教養部長、学部長等の各部局長が専決することとなっている。
(三) 給与法一五条は、「職員が勤務しないときは、……その勤務しないことにつき特に承認があった場合を除き、その勤務しない一時間につき、一九条に規定する勤務一時間当たりの給与額を減額して給与を支給する。」と定めており、被告が教特法二〇条二項所定の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行った場合は、右「勤務しないことにつき特に承認があったとき」に当たり、給与を減額されることはない。
2 本件不承認処分等
(一) 被告は、平成二年七月二日森田勝美教養部長(以下「森田部長」という。)に対し、渡航期間を平成二年七月一〇日から同年一〇月一五日まで、渡航目的をドイツ文学の研究・資料収集等、渡航目的国をドイツ民主共和国等とする海外旅行(以下「本件海外旅行(申請)」という。)について、教特法二〇条二項に基づく研修としての承認を求める申請(以下「本件申請」という。)をした。
(二) これに対し、森田部長は、平成二年七月七日本件申請を不承認とすることを決定(以下「本件不承認処分」という。)し、同月九日被告に本件不承認処分を通知した。
(三) ところが、被告は、本件不承認処分にもかかわらず、平成二年七月一〇日から同年九月一三日までの期間、ドイツを主たる滞在地とする海外旅行(以下「本件海外旅行(実行)」という。)をした。
(四) しかも、被告が主宰する日本・ドイツ語圏文化交流協会(以下「文化交流協会」という。)が企画した一般人向けドイツ旅行(以下「本件協会旅行」という。)に、平成二年七月二〇日から同月二九日までの間、被告も同行した。
3 被告に対する給与の支給等
(一) 原告(愛媛大学)は、被告が平成二年七月一〇日から同年九月一三日までの期間中、勤務していたことを前提に、被告に対し、平成二年七月から九月までの各月の給与全額を右各月の一七日に、また同年六月二日から一二月一日までの期間の勤勉手当を同年一二月一〇日に、それぞれ支払った。
(二) 原告は平成三年二月一七日になって、被告の平成二年七月二〇日から同月二九日までの給与及び勤勉手当、並びに平成二年八月分の通勤手当(その総額は、原告主張では一五万九三二七円、被告主張では一五万九八五四円。)が不当利得に当たるとして、平成三年二月分の給与額から右不当利得相当額の金員を控除し(以下「本件相殺」という。)、その残額を同月分の給与等として被告に支給した。
(三) 更に、原告は平成三年一〇月一二日被告に対し、平成二年七月一〇日から同年九月一三日までの期間のうち、平成二年七月二〇日から同月二九日までの期間を除いた期間分の給与及び勤勉手当(その総額は九九万四五三二円。)が不当利得に当たるとして、これを返還するように請求した。
二 当事者の主張
1 給与等返還本訴請求事件について
(一) 原告の主張
(1) 被告は、本件不承認処分にもかかわらず、平成二年七月一〇日から同年九月一三日まで、本件海外旅行(実行)に出かけ、その間の同年七月二〇日から同月二九日まで本件協会旅行に同行して、勤務を欠いていたものである。
(2) 本件不承認処分の理由は次の三点であり、その裁量の範囲内の正当な処分である。
<1> 本件海外旅行(申請)期間中の補講及び試験等の実施方法が不明であった。
<2> 本件海外旅行(申請)について、被告が所属学科たるドイツ語学科の了解を得ていなかった。
<3> 被告が、本件海外旅行(申請)期間中に、本件協会旅行に参加するおそれがあった。
(3) したがって、原告が被告に支給した平成二年七月一〇日から同年九月一三日までの給与及び勤勉手当中、既に本件相殺により返還を受けた平成二年七月二〇日から同月二九日までの給与及び勤勉手当を控除した残額九九万四五三二円(その内訳は、給与減額分が八七万六九四〇円、勤勉手当の過払清算分が一一万七五九二円である。)は、法律上の原因なくして支払われた不当利得に当たる。
(4) よって、原告は被告に対し、不当利得金九九万四五三二円、及びこれに対する平成三年一〇月一三日(催告の日の翌日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 被告の反論
(1) 次の各事実に照らせば、本件不承認処分は違法なものであり、原告が平成二年七月一〇日から同年九月一三日までの間、勤務を欠いていたものとは認められない。
<1> 被告は、予め、被告担当クラスの補講・試験の実施計画を教養部学務係に連絡した上、必要な補講・試験を実施しており、授業に支障はなかった。しかも、愛媛大学教養学部では、休講した場合の補講が必ず実施されていたわけではない。
<2> ドイツ語学科の了解が研修承認の条件にはなっていない。現に、森田部長は、被告の本件海外旅行(申請)の前後の海外研修旅行について、ドイツ語学科の了解を得られなかったが承認している。
<3> 本件協会旅行は、単なる観光旅行ではなく、ドイツ語圏との文化交流を目的とする視察交流団である。しかも、当初の計画では、被告が本件協会旅行に同行する予定ではなかった。
(2) 仮に、本件不承認処分が正当なものであったとしても、被告は、本件海外旅行(実行)において、本件申請における渡航目的どおり研修を行い、その成果を上げていたのであるから(乙五ないし一二〔枝番を含む〕)、本件海外旅行(実行)は、承認を得た研修旅行と同様、大学教授としての正当な勤務に該当するものであり、給与法一五条所定の「勤務しないとき」には当たらない。
2 給与等支払請求反訴事件について
(一) 被告の主張
(1) 原告は、被告が本件協会旅行に同行した平成二年七月二〇日から同月二九日までの間、勤務を欠いたという理由で、平成三年二月一七日本件相殺を行い、被告の平成三年二月分給与から一五万九八五四円を控除した。
(2) しかし、被告は、平成二年七月二〇日から同月二九日までの間、本件協会旅行に同行してはいたが、その期間中も海外研修をしていたものであり、勤務を欠いた事実はない。原告は、本件不承認処分にもかかわらず、被告が本件協会旅行に同行したことを理由に、被告が「勤務を欠いた」ものであると主張するが、原告の右主張が失当であることは、被告が前記1の(二)の(1)(2)で主張したとおりである。
(3) 仮に、被告が平成二年七月二〇日から同月二九日まで勤務を欠いていたとしても、原告(愛媛大学)が、平成三年二月一七日本件相殺を行い、被告の平成三年二月分給与から一五万九八五四円を控除することは、給与全額払の原則(労働基準法二四条一項)に反するものであり、本件相殺は無効である。
(4) よって、被告は原告に対し、平成三年二月分の未払給与一五万九八五四円、及びこれに対する平成三年二月一七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 原告の反論
(1) 被告が本件不承認処分にもかかわらず、平成二年七月二〇日から同月二九日まで、本件協会旅行に同行して、勤務を欠いていたことから、原告は、平成三年二月一七日本件相殺を行い、被告の平成三年二月分給与から一五万九三二七円(その内訳は、平成二年七月二〇日から同月二九日までの給与減額分が一三万三三二八円、同期間の勤勉手当の過払清算分が一万六七九九円、平成二年八月分通勤手当の過払清算分が九二〇〇円である。)を控除した。
(2) 本件不承認処分が裁量の範囲内の正当な処分であることは、原告が前記1の(一)(2)で主張したとおりである。
(3) 給与全額払の原則について
<1> 被告は国家公務員法二条に規定する一般職に属する職員であるから、国家公務員法附則一六条の規定により、被告には労働基準法二四条一項(給与全額払の原則)の適用はないし、右規定が準用されるものでもない。
<2> 仮に、労働基準法二四条一項の趣旨に照らし、国家公務員にも給与全額払の原則が反映されるべきであるとしても、本件相殺は過払のあった時期と給与の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期において行われたものであり、かつ、被告に対しては、既に本件海外旅行の出発前の時点で、将来本件相殺が行われるべきことが予告されており、更に、その相殺金額も、被告の生活の安定を脅かすおそれのないものであったから、本件相殺は有効である。
三 争点
1 給与等返還請求本訴事件について
本件海外旅行(実行)期間である平成二年七月一〇日から同年九月一三日まで(平成二年七月二〇日から同月二九日までは除く。)、被告が勤務を欠いていたものであるか否かが争点であり、その前提として次の二点が問題となる。
(一) 本件不承認処分の効力について
本件不承認処分が違法なものであるか否か。
(二) 教特法二〇条二項の承認を得ない研修の効力について
本件不承認処分が有効であっても、被告が平成二年七月一〇日から同年九月一三日まで(平成二年七月二〇日から同月二九日までは除く。)、勤務していたと評価できるか否か。
2 給与等支払請求反訴事件について
(一) 本件協会旅行の被告同行期間である平成二年七月二〇日から同月二九日まで、被告が勤務を欠いていたものであるか否か。その前提として次の二点が問題となる。
(1) 本件不承認処分の効力について
本件不承認処分が違法なものであるか否か。
(2) 教特法二〇条二項の承認を得ない研修の効力について
本件不承認処分が正当な処分であっても、被告が平成二年七月二〇日から同月二九日まで勤務していたと評価できるか否か。
(二) 本件相殺の有効性について
(1) 被告(国立大学教授)にも、給与全額払の原則が適用ないし準用されるか否か。
(2) 被告(国立大学教授)にも、給与全額払の原則が適用ないし準用されるとすると、本件相殺が給与全額払の原則に違反する無効なものであるか否か。
第三 当裁判所の判断
一 給与等返還請求本訴事件について
1 認定事実
(一) 被告による従前の海外研修旅行、文化交流協会設立以後の経緯等
証拠(甲八、一八の1ないし3、二八、証人森田勝美、被告本人〔一部〕)によると、次の事実が認められる。
(1) 被告は、昭和五二年に愛媛大学に勤務し始め、昭和五八年に一四か月間のドイツ留学(研修旅行)を行ったのを始めとして、以後度々ドイツを訪問するようになり、平成元年以降は年に三回程度の割合で、ドイツへの研修旅行ないし私事旅行に出かけるようになった。
被告は、昭和六三年までは右各研修旅行に際し、教養部長に対する教特法二〇条二項に基づく研修の申請について、不承認の通知を受けたことがなかったし、被告の所属学科たるドイツ語学科から、研修旅行について反対の意向を明示されたこともなかった。
(2) 被告は平成元年四月ころ、数名の有志とともに文化交流協会なる私的団体を設立し、その代表者に就任した。
文化交流協会は、平成元年夏ころから、愛媛大学の夏期休暇、冬期休暇、春期休暇の時期にあわせて、年に一回ないし三回程度、ドイツ語圏の名所旧跡等を見学して回る観光旅行を主催するようになり、被告が文化交流協会の主宰者として、旅行参加者募集のビラを学内外に頒布・掲示して、一般人からも広く参加を募り、参加者から旅行代金を徴収し、参加者の航空券や宿泊施設を手配し、右旅行が行われる時期には被告自身も渡独して、通訳・ガイドとして参加者を観光地に案内した(以下「文化交流協会活動」という。)。
被告が所属するドイツ語学科(教授五名、助教授五名で構成)では、被告の文化交流協会活動は旅行業法や国家公務員法に抵触するおそれがあるとして、これを批判するようになった。
(3) 被告は、平成元年の夏期休暇に際し、同年七月一一日から九月七日までの日程で、森田部長に対し、ドイツ方面への海外研修旅行の承認申請をしたところ、ドイツ語学科は被告の文化交流協会活動を理由に、右海外研修旅行を了解しない旨の意向を示した。
森田部長は、当初被告に対し、ドイツ語学科の右意向を参考に、右海外研修旅行を研修として承認しない旨通告していたが、右旅行日程のほとんどが夏期休暇期間中であり、被告が右研修旅行期間中に、文化交流協会主催の観光旅行に同行するという確証もなかったことから、被告が右不承認の通告を無視して予定どおり旅行に出発した後に、先の不承認通告を取り消し、右海外旅行を研修として承認する旨通知した。
(4) ドイツ語学科は平成元年一一月ころ、「被告が代表者を務めており、観光旅行の参加者募集を行っている文化交流協会は、愛媛大学教養部及びドイツ語学科とは一切関係がない。」ことを声明する文書を作成し、これを同月二〇日付けで報道・公報機関に発送することを、森田部長に通知した。
そこで、森田部長は、平成元年一二月ころから平成二年二月ころにかけて、被告に対し、「文化交流協会という団体名を使っているとしても、事実上被告が観光旅行を企画し、学内外で参加者を募集し、参加費を取り扱うことは旅行斡旋に当たり、純粋な文化、学問研究の範囲を越えている。国家公務員としては法的に許されない行為である。」などと警告し、文化交流協会活動を中止するよう指導したが、被告は右活動を止めなかった。
(5) 被告は、平成二年の春期休暇に際しては、平成二年三月二四日から四月一二日までの日程で、森田部長に対しドイツ方面への海外研修旅行の承認申請をしたところ、ドイツ語学科は、被告の文化交流協会活動を理由に、右海外研修旅行も了解しない旨の意向を示した。
しかし、森田部長は、右旅行日程が春期休暇期間中であり、被告が右研修旅行期間中に文化交流協会主催の旅行に同行する確証もなかったことから、右旅行を海外研修旅行として承認する旨通知した。
(二) 本件不承認処分の経過について
証拠(甲一の1・2、三・四、五の1・2、六ないし八、乙一・二、証人森田勝美、被告本人)によると、次の事実が認められる。
(1) 被告は平成二年五月ころから、同年七月一九日から同月三一日までの日程で、ドイツ方面の有名観光地(ロマンチック街道、ベルリン、バルト海等)を巡る本件協会旅行を企画し、文化交流協会主催で、ドイツ民主共和国観光局・名鉄観光提携の本件協会旅行の参加者募集のビラ(甲八)を学内外に頒布・掲示し、不特定多数の者に参加を呼びかけた。
その結果、学生一名と一般人二名(夫婦)の参加者を得たので、被告は平成二年七月二日までには、参加者から旅行代金を徴収し、その航空券や宿泊施設を手配するなどして、本件協会旅行の一切の準備を進めていた。
(2) 被告は、平成二年七月二日森田部長に対し、渡航期間を「平成二年七月一〇日から同年一〇月一五日」、渡航目的を「ハイネを中心とするドイツ文学研究・資料収集、現地研究者との研究交流、外国語教育についての調査・研究」、渡航目的国を「ドイツ民主共和国、ドイツ連邦共和国、ブルガリア」、平成二年七月一三日から九月二日までの日程を「発着地はヴァイマル(東独)、訪問先はドイツ古典文学研究所、用務はハイネ関係資料収集及び研究交流」と記載した申請書(甲一の1)を提出して、右内容の海外旅行(本件海外旅行〔申請〕)につき、教特法二〇条二項に基づく研修の承認を求める申請(本件申請)をした。
その際、被告は、本件海外旅行(申請)の目的効果について、「ハイネを中心とするドイツ文学の重要な資料を収集し、かつ現地の研究者と交流することによって、これまでの研究を更に前進させる。現地の外国語教育の情況を調査・研究することによって、今後の教育方法等の改善に役立てる。」、不在中の職務補充等の処置について、「授業時数の不足分は補講等で補なう。他の職務も支障なきよう適切に処置する。」と記載した説明書(甲一の2)を、併せて提出した。
(3) 森田部長は、本件申請の当日(平成二年七月二日)、ドイツ語学科に本件海外旅行(申請)を了解しているか確認したところ、ドイツ語学科はやはり右旅行を了解していないことが分かった。
森田部長は、本件申請書及びその説明書(甲一の1・2)の内容を検討した結果、<1> 約三か月にも及ぶ長期間の海外研修旅行であることから、本件海外旅行(申請)期間中に前期の授業期間が終了することになり、補講方法及び成績評価のための試験等の実施方法が不明であること、<2> しかも、ドイツ語学科の了解が得られている場合は、補講についてもドイツ語学科が責任をもって支援すると思われるが、本件海外旅行(申請)についてはドイツ語学科の了解が得られていないこと、<3> その上、本件海外旅行(申請)期間中に、本件協会旅行が企画され、被告が本件協会旅行の参加者と同一行動をとり、海外研修旅行とは異なる行動をとることが憂慮された。
そこで、森田部長は、平成二年七月二日被告に対し、事情聴取のため教養部長室に出頭するよう要請したが、被告はこれを拒否した。
(4) そのため、森田部長は、平成二年七月三日付けの文書(甲三)でもって、被告に対し、「<1> 三か月以上にも及ぶ長期研修であるにもかかわらず、ドイツ語学科の了解を得ておらず、不在中の措置が万全とは言えないこと、<2> 本件海外旅行(申請)期間中に、本件協会旅行期間が含まれることから、本件協会旅行との関連が憂慮されること。」を指摘し、このままでは本件申請は承認できかねると指摘した上で、「<1> ドイツ語学科の了解を得ること、<2> 不在中における授業の詳細な補講計画表を提出すること、<3> 本件協会旅行について、本件海外旅行(申請)期間中は一切関与しないこと、及びその期間に係る詳細な研修日程を併せて提出すること。」を求めるとともに、それらの結果等について、同年七月六日午後五時までに文書で回答すること、万一回答文書の提出のない場合、又は提出があってもその内容が不備と判断されるときは、本件海外旅行(申請)は承認できないので、本件海外旅行(申請)を中止すべきこと、承認を得ずに本件海外旅行(申請)をした場合は、法令の定めるところにより処分されることを通知した。
これに対し、被告は、平成二年七月五日付けの文書(甲四)でもって森田部長に対し、海外研修旅行について所属学科の了解を必要とする規定は存在しない、また不在中の補講計画及び本件海外旅行(申請)の日程については、既に提出済の申請書及び説明書記載のとおりである旨回答した。
(5) 森田部長は、右回答では本件申請を承認するにはなお不十分であると考え、被告から直接説明を受けようと、被告に対し、平成二年七月七日午後二時三〇分に教養部長室に出頭するよう、今度は電報で連絡したが、被告は都合がつかないとして、又しても右出頭を拒否した。
(6) そこで、森田部長は、平成二年七月七日本件申請を不承認とする旨決定(本件不承認処分)し、その通告書を被告の自宅宛送付したが(甲五の1・2)、被告から受取を拒絶された(甲六)、
そのため、森田部長は平成二年七月九日、改めて教養部事務長外三名を伴って被告の研究室を訪れ、被告に対し、本件申請を不承認とする旨口頭で通告するとともに、その旨の再通告書(甲七)を入れた封筒(開封したままのもの)を被告に手交しようとしたが、被告が受取を拒絶したので、やむを得ず、右封筒を被告の机の上に置いて、被告の研究室を退出した。
(三) 本件海外旅行(実行)の強行、給与支払状況等
証拠(甲七、一二の1ないし4、乙一・二、四、証人森田勝美、被告本人)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1) 被告は、平成二年七月九日森田部長から本件不承認処分の通知を受け、その際、承認を得ないまま海外旅行に出かけた場合には、その間は欠勤として取り扱われ、給与が減額されることになる旨の警告を受けた(甲七)にもかかわらず、翌一〇日に本件海外旅行(実行)に出発し、同年九月一三日に帰国した。
(2) そして、被告は、本件協会旅行の被告同行期間(平成二年七月二〇日から二九日までの間)について、当初申請した旅行日程を本件協会旅行の日程に合わせて変更し(乙一、二、四)、被告が調達した車に参加者を乗せて観光地を移動し、被告自身が通訳・ガイドとして参加者を観光先に案内するなどして、右参加者と行動を共にした。
(3) しかし、原告は、平成二年七月一〇日から同年九月一三日まで、被告が勤務したものとして、平成二年七月から九月までの各月の給与全額を各月の一七日に、また、同年六月二日から一二月一日までの期間の勤勉手当を同年一二月一〇日に、それぞれ被告に支払った。
(4) なお、<1> 平成二年七月二〇日から二九日まで(本件協会旅行の被告同行期間)の給与相当分が一三万三三二八円、<2> 同期間中の勤勉手当相当分が一万六七九九円、<3> 平成二年八月分の通勤手当が九二〇〇円であり、右<1><2><3>の合計は一五万九三二七円となる。
また、<1> 平成二年七月一〇日から同年九月一三日まで(本件海外旅行〔実行〕期間)の給与等相当分から、平成二年七月二〇日から同月二九日までの給与相当分を控除した残額が八七万六九四〇円であり、<2> 平成二年七月一〇日から同年九月一三日までの勤勉手当相当分から、平成二年七月二〇日から同月二九日までの勤勉手当相当分を控除した残額が一一万七五九二円であって、右<1><2>の合計は九九万四五三二円となる。
2 争点1(一)(本件不承認処分の効力)について
(一) 教特法二〇条二項は、「教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。」と規定している。
これは、教員が勤務場所を離れて研修を行おうとする場合、校務運営全体の責任者であり、かつ服務監督権者である本属長が、教員の職務のうちでも中心となる授業への支障の有無、校務運営上の支障の有無、及び研修の目的・効果等を総合的に判断した上で、承認するか否かを決定する権限を付与する旨を定めた規定であり、本属長は、右承認をするか否かの判断につき、合理的な範囲で裁量権を有する(最高裁平成五年一一月二日判決・判例時報一五一八号一二五頁参照)。
したがって、森田部長がした本件不承認処分が不合理でなく、その裁量権の行使に逸脱ないしは濫用がない限り、違法なものとはならない。そこで、本件不承認処分に裁量権行使の逸脱・濫用の違法があるか否かについて、以下考察する。
(二) 本件海外旅行(申請)が「授業に支障のない」ものであったか。
教特法二〇条二項では、「授業に支障のない」場合に、本属長の承認を受け得ることが規定されているから、本件海外旅行(申請)が「授業に支障のない」ものであったか否かが、まず問題となる。
(1) 講義・試験の実施状況について
本件海外旅行(申請)が申請どおり実施されると、本件海外旅行(申請)期間(平成二年七月一〇日から同年一〇月一五日まで)中に、基礎ドイツ語Ⅰ(科目番号七四六)一回、基礎ドイツ語Ⅰ(科目番号七四七)一回、ドイツ語講読(科目番号七六八)一回、ドイツ語講読(科目番号七七〇)二回、ドイツ語講読(科目番号七七四)二回、以上合計七回の被告担当講義が休講となる(甲一一)。
そこで、被告が右休講に対処するため、平成二年六月一四日に基礎ドイツ語Ⅰ(科目番号七四六)の補講をし、同年六月二一日に基礎ドイツ語Ⅰ(科目番号七四七)の補講をしたことは、原告も認めている。被告は平成二年五月三一日にも、基礎ドイツ語Ⅰ(科目番号七四七)を補講している(甲九)が、右補講は、同年五月一九日に基礎ドイツ語Ⅰ(科目番号七四七)を休講したため、その埋め合わせのために行ったものと推測され(甲一一参照)、本件海外旅行(申請)期間中の休講埋め合わせのために行ったとは認められない。
被告は、<1> 平成二年七月五日に、五クラス(基礎ドイツ語Ⅰ二クラス、ドイツ語講読三クラス)一斉の補講を行った、<2> 同年七月九日にも、ドイツ語講読二クラスの補講を行ったと主張するが、進度も教材も異なる二種類のクラス(基礎ドイツ語Ⅰ二クラスと、ドイツ語講読三クラス)に属する学生を一箇所に集めて、一斉の講義をしたという前記<1>の主張自体が不自然であること、被告は、前記<1><2>の補講は、教養部学務係に届出しておらず、その旨を学生向けに掲示することや、教室を確保することを、教養部学務係に依頼していないこと(甲九ないし一一、証人森田勝美の証言による。)に照らすと、被告が前記<1><2>の補講を行ったと認めるのは困難である。
以上によると、本件海外旅行(申請)により休講となる七回の講義のうち、平成二年六月一四日の基礎ドイツ語Ⅰ(科目番号七四六)、同年六月二一日の基礎ドイツ語Ⅰ(科目番号七四七)について補講が行われただけであり、ドイツ語講読(科目番号七六八)一回、ドイツ語講読(科目番号七七〇)二回、ドイツ語講読(科目番号七七四)二回、以上合計五回の講義は、補講が行われていない(甲一一)。
被告は、愛媛大学教養部では、休講した場合の補講を必ず実施すべき定めにはなっていないし、かかる慣行があるわけでもなく、被告の平成二年度前学期の講義実施回数は、他の多くの教官の講義数と比較しても、決して少ないものではない旨主張する。しかし、仮にそうだとしても、本件海外旅行(申請)により講義数が五回減少する以上、大学教員の職務たる学生に対する教授、研究指導の内容がそれだけ希薄になることに変わりはない。
被告が平成二年七月七日、被告が担当する五クラス(基礎ドイツ語Ⅰ二クラス、ドイツ語講読三クラス)全部の前期定期試験を実施したことは、原告も認めており、被告は、右定期試験を実施したことを理由に、授業に支障はなかったと主張する。しかし、愛媛大学教養部では、平成二年度の前学期は、平成二年四月一三日に授業を開始し、同年七月一一日から九月五日までが夏期休暇で、同年九月一四日が前期授業終了日、前期定期試験が同年九月一七日から九月二九日までであった(甲一八の1・2)。したがって、愛媛大学教養部の学生は、本来であれば、平成二年九月一四日まで講義を受け、同年九月一七から九月二九日までの間に前期の定期試験を受けるのに、被告担当クラスの学生だけは、同年七月七日に前期定期試験を受けており、それでは、試験実施による教育的効果が他の学生に比べて減退しているといわざるを得ない。被告が平成二年七月七日に前期定期試験を実施したことについても、授業に支障があったと認めざるを得ない。
以上の次第で、被告の講義・試験の実施状況から考察しても、本件海外旅行(申請)が「授業に支障のない」ものであったとは認められない。
(2) 補講及び試験の実施計画の説明状況について
本件海外旅行(申請)により、被告担当クラスの実際の講義実施回数が、本来の講義予定回数より少なくなる。したがって、被告は森田部長から、「授業に支障がない」として、本件申請(海外研修旅行の承認申請)の承認を得るには、被告が森田部長に対し、それまでの具体的な授業の進行度や学生の理解度が十分なものであること、また、仮に不十分な点があれば、休講に代わる教授方法(補講やレポート提出等)を活用するなどして、これを補完することを積極的に説明し、その了解を得ることが必要である。
ところが、前記1の(二)の(3)(4)(5)で認定したとおり、被告は、<1> 森田部長から、直接出頭して説明するようにと言われたのに、これを拒否し、<2> 今度は森田部長から、授業の補講計画表を提出するよう書面で求められたのに、何ら明確な回答をせず、<3> 重ねて森田部長から、直接出頭して説明するようにと、今度は電報で要求されたのに、日程の都合がつかないと言って、又してもこれを拒否しているのである。
この点について、被告は、予め補講の予定を教養部学務係に連絡済みであったし、また、定期試験についても、事前にその実施時期・内容を教養部学務係に通知し、その掲示及び問題印刷を依頼してあったから、森田部長は教養部学務係に問い合わせて、その内容を把握できたはずであり、補講及び試験の実施方法について、何ら不明な点はなかったと主張する。
しかし、前記(1)の認定によると、まず、被告が平成二年七月五日及び同月九日に行ったと主張する補講については、被告が右補講を実施したものとは認められない。次に、被告は、本件海外旅行(申請)期間中の休講に対処するため、二回分の補講を実施していること、平成二年七月七日に定期試験を実施していることは認められるが、本件申請を受けて、被告不在中の措置(補講方法や定期試験の実施方法)に不安を感じた森田部長としては、まず第一に、申請者である被告にその点についての措置を問い合わせるのが通常であり、それ以前に、教養部学務係に補講方法や定期試験の実施方法を確認すべき義務があるとはいえない。
特に、海外研修旅行承認の申請は、承認を希望する日の一七日前までに行うように定められているにもかかわらず(甲二九の(2)の<2>)、被告は出発予定日のわずか八日前になって、本件申請をしているのであるから、森田部長がその是非を判断するために必要と認めた情報の提供については、被告自身が積極的に協力してしかるべきである。
そして、森田部長からの補講計画表提出の求めや出頭要請をいずれも拒み、補講の実施計画について何ら明確な説明を行わなかった被告の前記対応に照らせば、森田部長が、被告不在中の措置について不安に思い、それが万全とはいえないと判断したのは、むしろ当然であったと認められる。
(3) ドイツ語学科の了解の要否について
森田部長は、本件海外旅行(申請)の期間が三か月にも及び、その間に前学期の授業が終了してしまうが、被告不在中の補講方法が不明であったこと、しかも、ドイツ語学科の了解が得られている場合は、ドイツ語学科が責任をもって支援すると思われるが、本件海外旅行(申請)については、ドイツ語学科が了解していなかったことから、被告に対し、ドイツ語学科の了解を得るようにと求めたのであり、森田部長が被告にドイツ語学科の了解を求めたことは、教養部の責任者として当然のことである。
被告は、<1> 海外研修旅行の承認の是非は教養部長の専決権に属し、海外研修旅行について所属学科の了解を要する規定が存在しないこと、<2> 森田部長は、被告の平成元年夏、平成二年春、平成三年春の海外研修旅行については、ドイツ語学科の了解がなかったのに、承認をしていることを指摘し、ドイツ語学科の了解を得ていないことを理由に、本件不承認処分をしたことを問題としている。
しかし、本件海外旅行(申請)についてドイツ語学科が了解している場合は、必要に応じてドイツ語学科所属の他の教官が補講するなどして、被告担当五クラスの授業に支障が生じないよう配慮することが期待できる(証人森田勝美の証言による)。したがって、森田部長が本件海外旅行(申請)の承認に当たって、「授業の支障」の有無を判断するための一資料として、ドイツ語学科が了解しているかどうかを考慮することは、十分に合理性がある。また、ドイツ語学科の了解を得ることは、森田部長の判断を拘束するものではないから、森田部長の専決権を侵すものでもない。
更に、被告の平成元年夏、平成二年春、平成三年春の海外研修旅行について、森田部長がドイツ語学科の了解がなかったのに承認をしたのは、いずれも夏期又は春期の休暇中であり、授業に支障が生じないと判断したからであり(証人森田勝美の証言による。)、旅行期間が三か月にも及び、授業に支障が生じる本件海外旅行(申請)とは、全く事情が異なるものである。
(4) 小括
以上の認定判断を総合すると、森田部長が、本件海外旅行(申請)期間中に被告が担当すべき講義の補講及び試験の実施方法が不明であり、その所属学科たるドイツ語学科の了解も得ていないことをもって、本件海外旅行(申請)が実施されると、被告担当クラスの「授業に支障」が生ずるおそれがあると判断したことには、合理的な理由があったことが認められる。
(三) 本件海外旅行(申請)が「研修として相当」なものであったか。
仮に本件海外旅行(申請)が「授業に支障のない」ものであったとしても、教特法二〇条二項による研修としての承認が、国家公務員に対する職務専念義務を免除し、有給で当該研修に赴くことを公に承認する手続である以上、その研修の目的や内容が、申請者の職務に照らし、右承認に値するだけの有益・適格なものであるか否かという点も、承認の是非を決定するための判断対象になると解される。以下この点について検討する。
(1) 本件協会旅行同行のおそれの有無について
前記1の(一)(二)の認定によると、<1> 被告は、平成元年四月ころから、文化交流協会の代表者として文化交流協会活動を行うようになり、平成元年の夏期休暇及び平成二年の春期休暇中にも、海外研修旅行(ドイツ方面)に出かけるとともに、文化交流協会主催の観光旅行(ドイツ方面)の世話をしていたこと、<2> 被告は、かねてよりドイツ語学科及び森田部長から、文化交流協会活動が違法な行為に当たるとして、その活動を中止するよう要請されていたのに、その忠告を無視して文化交流協会活動を続けていたこと、<3> 本件海外旅行(申請)についても、その期間中に文化交流協会主催の観光旅行が予定されており、被告は参加者募集のビラを頒布・掲示したり、参加者から旅行代金を徴収し、航空券や宿泊施設の手配をするなどして、右旅行の世話等一切を取り仕切っていたこと、<4> 本件海外旅行(申請)の申請書及び説明書には、その渡航目的及び効果について抽象的にしか記載されておらず、その日程表においても、本件協会旅行の日程に対応する日程の記載が概括的で、詳細な研修内容が明記されていなかったので、森田部長が被告に対し、本件協会旅行の日程に対応する詳細な研修日程の提出を求めたのに、被告は当初申請どおりに研修する旨回答しただけで、それ以上の説明をしなかったことが認められる。
以上の事実に照らすと、森田部長が、被告が本件海外旅行(申請)期間中に、本件協会旅行に同行するおそれがある、と判断したのも当然である。現に、前記1の(三)の(2)で認定したとおり、被告は、本件海外旅行(実行)の際に、本件海外旅行(申請)の日程を本件協会旅行の日程に合わせて変更し、本件協会旅行の参加者と行動をともにし、被告自身が通訳及びガイドとして、観光地を案内するなどしているのであるから、右おそれは現実化している。
(2) 本件協会旅行への参加と研修との抵触性について
被告は、本件協会旅行は単なる観光旅行などではなく、ドイツ語圏との文化交流を目的とする視察交流団であり、その訪問先もドイツ文学・歴史上重要な地点を予定していたから、被告が本件協会旅行に同行したとしても、何ら研修の障害にはならないと主張する。
しかし、本件協会旅行では、ドイツ民主共和国観光局及び名鉄観光との提携がアピールされ、ドイツ方面への有名観光地の歴訪を予定したものであって、その参加募集対象者も、ドイツ語ないしドイツ文学の素養の有無に関わりなく、広く一般人を対象として企画されたものであり(前記1の(二)の(1))、一度参加した旅行者が二度三度と参加を重ねて、ドイツ語圏との文化交流を深めたという実績もない(被告本人の供述による。)。被告は旅行参加者は全員文化交流協会の会員となると主張するが、その実体は、会員として名前が登録されているだけの幽霊会員に過ぎないものであり、会員としての実質的活動は何ら行っていない(被告本人の供述による。)。以上の事実に照らせば、本件協会旅行は通常の観光旅行に過ぎないものと認められ、ドイツ語教授がその研修として参加同行するにふさわしい旅行でないことは明らかである。
ところで、右のような観光案内活動は、被告自らが広く一般人から参加者を募集し、参加応募者から旅行代金を徴収して、航空券や宿泊施設の予約をし、被告自らが通訳・ガイドをして観光地を案内するのであるから、研修旅行期間中にたまたま出迎えた知人の現地案内をするものとは全く性質が異なり、観光旅行事業の業務遂行に携わる行為と評価でき、旅行業法三条(旅行業を営むには運輸大臣の登録が必要である。)や、国家公務員法一〇一条、一〇三条(国家公務員には職務専念義務や営利事業の関与禁止義務が課せられている。)に抵触するおそれがあり、少なくとも右活動期間中は、研修旅行としての実を有するものとは認められない。
そして、愛媛大学においては、旅行期間中に観光等の研修以外の目的を含む旅行については、全体を私事渡航とみなし、研修旅行としての承認を与えない取扱いをしているから(甲二九の(2)<1>の〔注意事項〕のア、証人森田勝美に証言による。)、森田部長が、被告が本件海外旅行(申請)期間中に本件協会旅行に同行するのではないかと憂慮し、本件海外旅行(申請)全体について研修としての適格性を有しないものと認めて、その承認を与えない判断をしたことについて、合理性がある。
(四) 総括
(1) 森田部長が、本件海外旅行(申請)期間中に被告が担当すべき講義の補講及び試験の実施方法が不明であり、その所属学科たるドイツ語学科の了解を得ていないことをもって、本件海外旅行(申請)が実施されると、被告担当クラスの「授業に支障」が生ずるおそれがあると判断したことや、
(2) 森田部長が、被告が本件海外旅行(申請)期間中に本件協会旅行に同行するのではないかと憂慮し、本件海外旅行(申請)全体について研修としての適格性を有しないものと認めて、その承認を与えない判断をしたことについて、合理性があったことが認められ、本件不承認処分の裁量権の行使に逸脱・濫用の違法があったものとは認められない。
3 争点1(二)(教特法二〇条二項の承認を得ない研修の効力)について
被告は、本件不承認処分が正当なものであったとしても、本件海外旅行(実行)において、本件申請における渡航目的どおりの研修を行い、その成果を上げていたから、本件海外旅行(実行)は、承認を得た研修旅行と同様、大学教授としての正当な勤務に該当するものであり、給与法一五条所定の「勤務しないとき」には当たらないと主張する。
しかし、教特法二〇条二項は、「教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。」と規定しており、教員が勤務場所を離れて研修を行う場合には、教員に対する本属長の服務上の監督が事実上及ばなくなるから、勤務場所を離れて行う研修が授業その他の日常的業務に支障を及ぼすか否か、勤務場所を離れて行う研修が勤務としての性格を付与すべきものであるか否かを、服務監督者に判断させる必要があるため、勤務場所を離れて行う研修を本属長の承認にかからしめているのである。
したがって、教員が勤務時間中に勤務場所を離れて研修を行うには、予め教特法二〇条二項の承認を得ておく必要があり、本属長が教特法二〇条二項の承認申請を不承認にしたのに、教員が勤務場所を離れて研修を行った場合には、右不承認処分が本属長に認められた裁量権を逸脱又は濫用した違法なものでない限りは、給与法一五条所定の「職員が勤務しないとき」に当たるといわざるを得ない。
してみると、仮に、被告が本件海外旅行(実行)において、本件申請における渡航目的どおりの研修を行い、その成果を上げていたとしても、本件不承認処分に裁量権の逸脱・濫用の違法が認められない以上、本件海外旅行(申請)が承認されたのと同一の法律効果が発生するものではなく、被告が本件海外旅行(実行)期間中は欠勤したことになり、その間の給与はカットされると認めざるを得ない。
4 結論
以上の認定・判断によると、原告が被告に対し支給した平成二年七月一〇日から同年九月一三日まで(本件海外旅行〔実行〕期間)の給与及び勤勉手当中、既に本件相殺により返還を受けた平成二年七月二〇日から同月二九日まで(本件協会旅行の被告同行期間)の給与及び勤勉手当を控除した残額九九万四五三二円(その内訳は、給与減額分が八七万六九四〇円、勤勉手当の過払清算分が一一万七五九二円である。)は、法律上の原因なくして支払われた不当利得に当たる。
よって、被告は原告に対し、不当利得金九九万四五三二円、及びこれに対する平成三年一〇月一三日(催告の日の翌日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、原告の給与等返還本訴請求は全て理由があるので認容する。
二 給与等支払請求反訴事件について
1 認定事実
(一) 調査委員会の設置とその活動等
証拠(甲二四、証人森田勝美、被告本人)によると、次の事実が認められる。
(1) 愛媛大学教養部は、被告が本件不承認処分を受けたにもかかわらず、本件海外旅行に出かけたことから、被告の本件海外旅行(実行)期間中を欠勤扱いにするか否か、被告に対し懲戒処分を科するか否かを問う前提として、事実関係を調査し証拠資料を収集する目的をもって、平成二年九月一三日に教養部内に調査委員会を設置し、森田部長、教養部選出の評議員二名(武田教授と池田教授)、及びドイツ語学科所属教授二名を構成員として、事実関係の調査に乗り出した。
(2) 調査委員会は、平成二年九月二一日(第一回)、同年九月二八日(第二回)、同年一〇月一二日(第三回)、同年一〇月三一日(第四回)と委員会の開催を重ね、第二回、第三回、第四回の委員会において、被告から直接事情聴取を行うため、被告に対し、いずれも事前に文書で出頭するよう要請していたが、被告はこれを拒否して全ての委員会を欠席した。
調査委員会は、平成二年一一月一三日に開催された第五回委員会において、再度被告に事情聴取の機会を与えることとし、被告に対し、同年一一月二六日(第六回)の委員会に出頭するよう要請する文書を送付したが、被告は右文書の受取自体を拒否し、結局、第六回委員会にも出頭しなかった。
(3) そこで、調査委員会は、平成二年一一月二六日(第六回)、同年一二月三日(第七回)の委員会において、調査報告内容の検討を行い、同年一二月六日開催の教養部教授会において、調査結果報告を行った。ところが、右教授会では、やはり被告から事情聴取を求めてはどうか等の意見が出され、結論がでず継続審議扱いとなった。
そのため、調査委員会は、平成二年一二月一七日(第八回)に、再度委員会を開催することとし、事前に、被告に対し再度の出頭要請文書を送付したが、被告はやはり第八回委員会にも出頭しなかった。
(4) そこで、調査委員会は、平成二年一二月二〇日開催の教養部教授会において、被告が平成二年七月二〇日から同月二九日までの間、本件協会旅行に同行していた事実につき最終報告を行い、教養部教授会は右報告内容を了承した。
以上の経過を経て、森田部長は、平成二年一二月二五日愛媛大学長に対し、右調査結果を報告した。
(5) ところで、調査委員会は、第一回の委員会において、被告が本件協会旅行に同行していた事実を把握していた。
しかし、調査委員会は、大学教授には学生を教授し、研究に従事する職責があり、できる限り研修を受ける機会が与えられなければならない、と考えていたところ、調査委員会は文化交流協会の実態を十分には把握しておらず、被告が本件協会旅行に同行したことが、およそ研究とはいえないと断定することができないことから、何とか被告から事情聴取しようと試み、延べ五回にわたり被告の言い分を聞く機会を設けたのである。
ところが、被告がいずれの調査委員会にも出席を拒み、被告の協力を得られなかったために、いたずらに月日が経過し、調査委員会の最終報告が遅れたのである。
(二) 本件相殺の実施等
証拠(甲一二の1ないし4、二四、証人森田勝美)によると、次の事実が認められる。
(1) 原告(服務監督権者である森田部長)は、前記調査結果に基づき、平成二年七月二〇日から同月二九日までの勤務を欠勤とし、同期間中の給与及び勤勉手当、並びに平成二年八月分の通勤手当を被告の給与から減額することとしたが、重要事項については評議員に諮った上で決定するとの慣行に従い、平成三年一月一一日、同年一月二五日及び同年二月一日に、教養部選出の評議員二名の意見を聴取し、同日、平成二年七月二〇日から同月二九日まで(本件協会旅行の被告同行期間)の勤務を欠勤とし、給与等の減額を決定した。
(2) そこで、森田部長は平成三年二月一三日ころ被告に対し、同年二月分の給与から本件相殺を行う旨通知した。
(3) その上で、原告(愛媛大学)は、平成三年二月一七日被告に対し、平成二年七月二〇日から同月二九日までの給与相当分一三万三三二八円、同期間中の勤勉手当相当分一万六七九九円、平成二年八月分の通勤手当分九二〇〇円、以上合計一五万九三二七円を被告の平成三年二月分給与(税込みで四一万三五五八円)から控除し、その残額である手取金二五万四二三一円を同月分給与として被告に支給した(本件相殺の実施)。
2 争点2(一)(勤務を欠いていたか否か)について
(一) 本件不承認処分の効力について
(1) 森田部長が、本件海外旅行(申請)期間中に被告が担当すべき講義の補講及び試験の実施方法が不明であり、その所属学科たるドイツ語学科の了解を得ていないことをもって、本件海外旅行(申請)が実施されると、被告担当クラスの「授業に支障」が生ずるおそれがあると判断したことや、
(2) 森田部長が、被告が本件海外旅行(申請)期間中に本件協会旅行に同行するのではないかと憂慮し、本件海外旅行(申請)全体について研修としての適格性を有しないものと認めて、その承認を与えない判断をしたことについて、合理性があったことが認められ、本件不承認処分の裁量権の行使に逸脱・濫用の違法があったものとは認められないことは、前記一の2で認定判断したとおりである。
(二) 教特法二〇条二項の承認を得ない研修の効力について
被告は、本件不承認処分がなされても、実際に研修を行い成果が上がっているので、欠勤とはならないと主張するが、仮に、被告が本件海外旅行(実行)において研修を行い、その成果を上げていたとしても、本件不承認処分に裁量権行使の逸脱・濫用の違法が認められない以上、本件海外旅行(申請)が承認されたのと同一の法律効果が発生するものではなく、被告が本件海外旅行(実行)期間中は欠勤したことになり、その間の給与はカットされると認めざるを得ないことは、前記一の3で認定判断したとおりである。
(三) 総括
以上によると、原告が平成三年二月一七日になって、被告の同年二月分給与等から控除した、平成二年七月二〇日から同月二九日まで(本件協会旅行の被告同行期間)の給与相当分一三万三三二八円、同期間中の勤勉手当相当分一万六七九九円、平成二年八月分の通勤手当分九二〇〇円、以上合計一五万九三二七円について、原告が被告に対し、不当利得返還請求権を有していたことが認められる。
3 争点2(二)(本件相殺の有効性)について
(一) 争点2(二)(1)(賃金全額払の原則の適用)について
原告は、国立大学教授である被告は、国家公務員法二条に規定する一般職に属する職員であるから、国家公務員法附則一六条の規定により労働基準法は適用されず、労働基準法二四条一項(賃金全額払の原則)の規定を前提とする被告の主張は失当であると主張する。
しかし、国家公務員には労働基準法の適用こそないものの、生活の糧となるべき賃金の直接交付を保障することにより、労働者の生活上の不安を防止するという給与全額払原則の趣旨は、国家公務員にも当然反映させるべきである。給与法九条が、「俸給は、毎月一回、その月の一五日以後の日のうち人事院規則で定める日に、その月の月額の全額を支給する。」と定め、人事院規則九―七(俸給等の支給)の一条の二が、「何人も、法律又は規則によって特に認められた場合を除き、職員の給与からその職員が支払うべき金額を差し引き、又は差し引かせてはならない。」と定めているのは、国家公務員についても、給与全額払の原則の適用があることを前提としているものと解するのが相当である。
したがって、国家公務員である被告の雇用者である原告(愛媛大学)が、被告に対して有する反対債権(本件で問題となっている給与等の不当利得返還請求権)について、恣意的に相殺を主張し、後日支払う給与からこれを相殺徴収することは、原則として許されないと言うべきであり、原告の前記主張は理由がない。
(二) 争点2(二)(2)(給与全額払の原則の要件充足)について
賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺は、(1) 過払のあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、(2) かつ、予め労働者に予告されるとかその額が多額にわたらない等、労働者の経済生活の安定を脅かすおそれのないものであるときは、給与全額払の原則に反しない(最高裁昭和四四年一二月一八日判決・民集二三巻一二号二四九五頁)。そこで、本件相殺が右(1)(2)の要件を充足するか否かについて、以下考察する。
(1) 本件相殺の時期について
前記1で認定した事実経過、殊に次の<1><2><3>の事実に照らすと、森田部長が平成二年七月二〇日から同月二九日までの被告の勤務を欠勤と決定した平成三年二月一日に、給与法一五条所定の給与減額事由が発生したものというべきであり、被告(愛媛大学)は、その直後の同年二月一七日に、給与の減額及び過払清算(本件相殺の実施)をしているから、本件相殺は合理的期間内において適正に行われたものと認められる。
<1> 愛媛大学教養部は、被告が本件不承認処分を受けたにもかかわらず、本件海外旅行に出かけたことから、被告の本件海外旅行期間中(平成二年七月一〇日から同年九月一三日までの間)を欠勤扱いにするか否か、被告に対し懲戒処分を科するか否かを問う前提として、事実関係を調査し証拠資料を収集する目的をもって、平成二年九月一三日に教養部内に調査委員会を設置し、事実関係の調査に乗り出した。
<2> 調査委員会は、平成二年九月二一日から同年一二月一七日まで、委員会を八回開催した上で調査検討し、その結果、被告が平成二年七月二〇日から同月二九日にかけて、本件協会旅行に同行していたと判断した。そこで、調査委員会は、平成二年一二月二〇日開催の教養部教授会において、被告が本件協会旅行に同行していた事実につき最終報告を行い、教養部教授会は右報告内容を了承した。以上の経過を経て、森田部長は、平成二年一二月二五日愛媛大学長に対し、右調査結果を報告した。
<3> 原告(森田部長)は、前記調査結果に基づき、平成二年七月二〇日から同月二九日までの勤務を欠勤とし、同期間中の給与及び勤勉手当、並びに平成二年八月分の通勤手当を被告の給与等から減額することにしたが、慎重を期して、重要事項については評議員に諮った上で決定するとの慣行に従い、三回にわたり教養部選出の評議員二名の意見を聴取し、平成三年二月一日に、被告の平成二年七月二〇日から同月二九日までの勤務を欠勤とし、給与等の減額を決定した。そして、森田部長は平成三年二月一三日ころ被告に対し、同年二月分の給与から本件相殺を行う旨通知し、同月一七日本件相殺を実施した。
なお、前記1の(一)の(5)の認定によると、調査委員会は、平成二年九月一三日の時点で、既に被告が本件協会旅行に同行していた事実を把握していた。しかし、調査委員会は、大学教授には学生を教授し、研究に従事する職責があり、できる限り研修を受ける機会が与えられなければならない、と考えていたところ、調査委員会は文化交流協会の実態を十分には把握しておらず、被告が本件協会旅行に同行したことが、およそ研究とはいえないと断定することができないことから、何とか被告から事情聴取しようと試み、延べ五回にわたり被告の言い分を聞く機会を設けたが、被告の協力を得られず、いたずらに月日が経過したため、調査委員会の最終報告が遅れたのである。したがって、調査委員会の最終報告が遅れたのは、被告の非協力によるものであるから、やむを得ないものと認める。
(2) 相殺予告の有無及び相殺金額の多寡について
被告は、平成二年七月九日森田部長から本件不承認処分を通告され、その際、承認を得ないまま本件海外旅行(申請)に出かけた場合には、その間は欠勤として取り扱われ、給与が減額されることになる旨の警告を受けながら、あえてこれを無視して、翌一〇日本件海外旅行(実行)に出発し、本件海外旅行(実行)を強行したのである(前記一の1の(三)(1))。したがって、被告は、将来、給与の減額及び過払清算の措置(本件相殺の実施)がされることにつき、本件海外旅行(実行)前(すなわち過払のあった時期前)から、既に予告を受けていたといえる。
また、被告の平成三年二月分給与は四一万三五五八円であったが、給与の減額分及び過払清算による金額の合計額は一五万九三二七円であり、その差額として現実に支払われた給与額は二五万四二三一円であって(前記一の1の(三)の(4)、二の1の(二)の(3))、その金額からして、相殺により被告の経済生活の安定を脅かすおそれはないと認める(なお、民事執行法一五二条一項、同法施行令二条一号によっても、給与月額が二八万円を超える者に対する給与債権の差押えについては、その差押禁止の範囲が月額金二一万円とされている。)。
(3) 小括
以上によると、本件相殺は、給与過払のあった時期と給与の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ、かつ、予め相殺の事実が被告に予告され、また相殺金額も多額にわたるものではなく、被告の経済生活の安定を脅かすおそれのないものと認められ、給与全額払の原則に反しないものであって、有効なものであると認める。
4 結論
以上の認定・判断によると、原告が被告に対し支給した平成二年七月二〇日から同月二九日までの給与減額分一三万三三二八円、同期間の勤勉手当の過払清算分一万六七九九円、平成二年八月分通勤手当の過払清算分九二〇〇円、以上合計一五万九三二七円は、法律上の原因なくして支払われた不当利得に当たり、本件相殺が給与全額払の原則に反しない有効なものであるから、被告の平成三年二月分給与に未払分はない。
よって、被告の平成三年二月分給与の未払金反訴請求は、全て理由がないので棄却する。